東山
喫茶
東山窯

古九谷は、日本初期の色絵磁器として長く人々を魅了し続けています。
その産地については九谷説、伊万里説の議論がありましたが、発掘調査や科学分析の進展により、伊万里説が有力視されています。江戸末期、加賀地方では伝来磁器を「古九谷」と名付け、その独自性を守り抜いてきました。
1650年代の九谷窯に始まり、吉田屋窯や松山窯など、多くの作家たちが古九谷の美を追求し、その技術を継承。明治以降は輸出品としても高く評価され、現代までその芸術性が引き継がれています。特に、古九谷の多彩で独創的なデザインは、使用者と制作者の幸福な関係の中で生み出されました。
現在、古九谷の伝世品は美術館で見ることが主流ですが、そこには350年以上にわたる人々の思いや歴史が込められています。九谷焼に携わる人々にとって古九谷は、美の規範であり創作の源です。私たちは、この魅力を次世代に伝えるため、復刻や新たな表現に挑戦し続けています。
古九谷の美が明るい現代の生活空間を彩る未来を目指し、その価値を広めていきます。

1954
昭和29年金沢市生まれ。昭和52年、慶應義塾大学法学部卒業。在学中に祖父・初代東山より色絵の手ほどきを受ける。その後、観光物産店や料亭の経営を経て平成12年頃から本格的に陶芸を開始。公募展には出展せず、自身の店舗で作品を発表。古九谷写や明末五彩磁写を中心に、繊細なタッチと透明感のある色彩で独自の色絵世界を展開。平成18年、三代東山を襲名。根強いファンを持つ陶芸家として活動を続ける。

1927
昭和2年金沢市生まれ。父・東山に師事し九谷色絵全般を習得。戦後、兼六園で観光事業を営む傍ら、昭和47年に創作陶芸団体「うめばち会」を主宰。東京伊勢丹でグループ展を開催し、創造美術展にも出品。昭和48年、文化庁の無形文化財事業で研修を受け、田村耕一から轆轤成型を学ぶ。日本伝統工芸展に16回入選し、石川県陶芸協会理事などを歴任。独自の彩磁や鉄絵、染付など幅広い技法を持ち、平成10年以降は茶陶制作に注力し高評価を得る。

1897
明治30年、金沢市に陸軍御用商・吉崎栄次郎の長男として生まれる。幼少より絵画を学び、若村泰山に師事して九谷焼を習得。大正8年から柳田素山のもとで修行し、大正10年に金沢市九人橋通で開窯。その後、兼六園に移転し東山と号す。宮家や政財界への作品提供や昭和7年の五百羅漢図大花瓶など名品を制作。赤絵九谷で昭和を代表する作家として活躍し、多くの門下生を育成し業界発展に尽力した。

Takayuki Yoshisaki
東山窯四代目。三代目、吉﨑隆司に師事。

Saki Maruyama
2023年より吉﨑隆司に師事。九谷焼技術研修所卒業。

祥瑞手は、染付と色絵の調和が美しい古九谷の代表的技法で、花鳥や人物など多彩な題材が描かれています。やわらかな染付の青と鮮やかな色絵の紅が織りなす、日本的な美が魅力で、茶席で用いられた小皿類も多く見られます。

平鉢の裏面には染付文様や輪線が施され、美しい五彩の色絵が主役を担う。中国の芙蓉手を基に日本的要素を加えた作品は、絵画性が際立つ焼物の極み。卓越した画工の筆致や装飾が融合し、絢爛豪華な世界を創り上げ、詩情と深い余韻を感じさせる。

黄と緑の対比と力強い筆捌きが特徴の青手古九谷は、全体を色絵具で覆い尽くし圧倒的な存在感を放つ。深い色合いと輝きは、完成直後のまばゆい姿を今に伝える。画面を塗り埋める技法は、陶磁史上の革新といえる。

明末から清初に焼かれた呉州赤絵は、日本で茶の湯の器として人気を博し、赤玉の香合や菓子鉢などが有名。景徳鎮の意匠を基にしつつも、自由で野趣あふれる絵付が特徴で、日本の磁器意匠にも影響を与えた。

天啓赤絵は、古染付に赤、緑、黄の色絵を施したもので、万暦年間に景徳鎮で大量生産されたが、粗器が日本の茶人に好まれた。天啓時代以降、崇禎年間まで続き、特に祥瑞手古九谷に影響を与えた。色絵祥瑞は美しい発色と地紋つぶしの意匠が特徴で、古九谷の手本となった。

南京赤絵は、明末から清初にかけて景徳鎮で焼かれた五彩磁で、白素地に色絵が施されます。天啓赤絵や色絵祥瑞と異なり、染付をほとんど伴わず、少ない色で彩画された小品が多い。華やかな色絵が完成し、1650年頃まで焼造されました。
会社名
株式会社とうざん
代表者
吉﨑隆司
設立
1970年
事業内容
陶磁器製造販売/飲食店経営
所在地
〒920-0936 石川県金沢市兼六町1-16
電話番号
076-231-2008営業時間
10:00~17:10
定休日
年中無休
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